【ギリシャ①】ギリシャ第2の都市テッサロニキ観光

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《2023.12.14-15》

ギリシャ第2の都市テッサロニキ。
ギリシャ北部の、紀元前からの歴史を持つ海沿いの街です。
イスタンブールから陸路でギリシャに入る旅人さんは、大抵立ち寄る街ではないでしょうか。

トルコから入国してくると、建物や街の雰囲気から「あぁ、ついにヨーロッパに入ったんだな」ということを実感します。

イスタンブールも地理的には半分ヨーロッパだったはずなのですが、イスタンブールとテッサロニキでは街の雰囲気ががらりと変わります。
モスクは教会に変わり、チャイを出す喫茶店はおしゃれなカフェに変わり、人々の服装や顔立ちもトルコとは異なります。
パチモンを売り捌く屋台もなければ、やたらと絡んでくる客引きもいません。
カオスな楽しさが無いのは少し寂しい気もしますが、秩序が守られた街には安心感を感じます。

そんなテッサロニキの街は、至る所遺跡だらけです。

あまりにも遺跡が多すぎるためか、その扱いは大変大胆です。
日本なら国宝にされてそうなレベルの石柱や彫刻がその辺に転がっています。

地下を掘れば掘っただけ遺跡が出てきてしまう為、テッサロニキはギリシャ第2の大都市にも関わらず地下鉄が発展していないんだとか。
歴史との共存もなかなか大変そうです。

遺跡と並んでとにかく目につくのは落書きです。

住宅街は、もうどこにもスペースが残ってないくらいの果てしない落書き。

2階の高さの壁にまで落書き。一体どうやって描いたのでしょう。

ギリシャの若者は、いかにも壁に落書きをしそうなヤンチャな見た目の子が多いです。
街角ですれ違う学生の集団は、ほぼ皆ギャルとヤンキーだったりします。

ではさぞかし治安が悪いのかというと肌感的にそんなことはなく、少なくとも日中は全く危険を感じるようなことはありません。
街の人たちも大変明るく大らかな印象で、店や街角で「ヤーサス!(“こんにちは”及び“さようなら”)」と挨拶をしてくれる人も多いです。

スーパーで、大声で言い争った客とレジ打ちが、別れ際に「ヤーサス!!」と切れ気味に挨拶を交わしていた時は密かに笑いを嚙み殺しました。あんな喧嘩したのに挨拶はちゃんとするんかい、、と。
大雑把でさっぱりしたギリシャの人たち、好きです。

さて、前置きが長くなりましたが、テッサロニキ観光をしていきたいと思います!

まずはこちら、街の中心部の広場に突如としてあらわれるガレリウスの凱旋門

4世紀に、ローマ皇帝ガレリウスがペルシャ軍に勝利したことを記念して作られたそうです。
ローマ時代の主要人物は○○ウスとか○○ヌスとかばっかりでさっぱり覚えられません。
多分ガレリウスさんのお名前も間もなく私の記憶から抹消されるでしょう。

凱旋門の近くにあるこちらの丸い建物は、ロトンダ。
もともとは先ほどのガレリウスさんの霊廟として建てられましたが、結局ガレリウスさんは他の場所に埋葬されたため、長年教会やオスマン帝国時代のモスクとして使用されてきたそうです。

こちら、ネットではどのサイトにも入場無料と書いてあったにも関わらず、実際には3ユーロの入場料を徴収していました。
500円くらいのことなので大した金額ではないのですが、無料と思っていただけに何となくお金を払うのがためらわしく、結局入場せず。

続いてこちらはアギオス・ディミトリオス聖堂。

5世紀に建てられた後焼失と再建を繰り返してきた、ギリシャで最も大きな正教会だそうです。
入場は無料。

内部には豪華なシャンデリアがぶら下がっています。

地下には古代ローマ時代の浴場跡があります。
この教会の守護聖人ディミトリオスがここで殉職されたとされているんだとか。
なぜか他に人がいなく、ちょいビビりながら急ぎ足で見学。

続いてこちらはアギア・ソフィア聖堂。

8世紀に作られたとされる教会で、こちらも世界遺産の建築群の一つです。

大変重厚感のある内装です。
驚くべきことにこの教会にはフリーWi-Fiが飛んでいたので、しばらく椅子に座って調べものなどさせていただきました。
神様の前でスマホいじりなど不謹慎かとは思いましたが、良い感じで休憩も出来て大変たすかりました。

続いては、市民の憩いの場であるアリストテレオス広場。

写真には写っていませんが、クリスマス前だったので大きなツリーもありました。

広場を抜けると、海辺の道に出ます。
広々として散歩に最適の道ですが、バリアフリーすぎて、歩きスマホなどすると一瞬でエーゲ海にドボンしそうです。

海沿いには、この地の英雄であるアレキサンダー大王の銅像。

さらに海沿いを歩くと、ホワイトタワーと呼ばれる塔に突き当たります。
さわやかなネーミングですが、かつては刑務所として使用されていたそうでその歴史はあまりホワイトではありません。
入場料3ユーロでしたが、さほどそそられなかったため入場せず。

・・・・・

ギリシャに来たからには少しは古代ギリシャの歴史も知っておこうと、テッサロニキ考古学博物館にも足を運んでみました。

入場料は、冬季価格で4ユーロ。
ギリシャの観光地は冬季割引があるところが多く、大変ありがたいです!

展示は石器時代からはじまり、文明化社会へと進んでいきます。
こちらの展示によりますと、ギリシャでは紀元前にはすでに文字の記録があり、都市国家で民主政治が行われていたそうで・・・

日本では縄文土器だ弥生土器だと言っている時に、こちらでは神殿作ったりリアルなギリシャ彫刻彫ったりしてたっていうんだから、かないませんな。

古代のモザイク画。
布を纏っているのに大事な部分が見えていると、全裸より変態感が高まりますね。
おっと、歴史の勉強に集中集中。

展示のボリュームも多く、大変見ごたえのある博物館でした。

・・・・・

ギリシャといえばオリンピック発祥の地!ということで、市内のオリンピック博物館にも行ってみました。

入場料は5ユーロ。

さほど大きな博物館ではありませんが、古代ギリシャのオリンピックから始まり、近代のオリンピックの歴史が分かりやすく展示されています。

第一回大会から最新のものまで、貴重な資料やトロフィー、メダルなどの展示がありなかなか見ごたえあり。

1906年大会の人気選手のカード。
髪型と口髭に時代を感じます。そしてなぜか皆赤ら顔。

個人的に驚いたのは、1940年大会の展示でした。
私は恥ずかしながら知らなかったのですが、1940年(昭和15年)のオリンピックは東京での開催が決まっていたとのこと。
いくつかの会場は工事が進められ、ポスターのデザインや土産物の準備なども行われていたそうですが、日中戦争の勃発などにより国内外からの難色の声が高まり開催には至らなかったそうです。
その後別の国での代替え開催が検討されるも、結局この1940年大会は、第2次世界大戦勃発により見送られることとなりました。

もし1940年に平和の祭典オリンピックが東京で開催されていたら、その後の日本の近代史は少しでも違うものになっていたでしょうか。
もし世界中から集まった選手の活躍を目の当たりにし交流を図っていたら、その時代の日本人の海外に対する見方は変わっていたでしょうか。
そんなことは誰にも分からないし、もしそうなっていても歴史は何も変わらなかった気もするのですが、なんとなくそんなことに思いを巡らせてしまいました。

観光の合間には、ギリシャの定番ストリートフードであるギロピタでエナジー補給。
お値段2~3ユーロと格安でボリュームもたっぷりなので、ギリシャに滞在中はほぼ毎日このギロピタを食べました。
ぐるぐる回転しながら焼き上げられた肉を削ぎ落して野菜と一緒に生地に挟むという、ほぼドネルケバブな料理ですが、その違いはヨーグルト風味のソースがたっぷり入っているところ。
ヨーグルトの酸味が、このカロリー爆弾をなんとなく爽やかな味わいにしてくれ、とても美味。
しかし、味わいが爽やかになったところでカロリー爆弾であることには変わりないので、食べ続けると確実に太るやつです。

宿では、毎日ビール。
ギリシャのビールはどれもさっぱりして大変飲みやすいです。
中でも美味しかったのが上の写真のビール。ニンフという名前らしいです。
どこにでも置いてあるというほどメジャーな銘柄ではないのですが、ビール好きさんはギリシャに行ったらぜひ試してみて下さい!

以上で、2泊3日のテッサロニキ観光は終了。

次回は、バスを乗り継いでギリシャの有名世界遺産メテオラへ行ってみたいと思います。

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