《2024.1.21-22》
前回入場できなかった聖ヴィート大聖堂などを中心に、プラハ観光を続けて行きたいと思います。
※前回の記事はこちら。
プラハ城観光
今日も朝から元気に歩いてプラハ城を目指します。
宿からプラハ城までは、徒歩で50分強の距離。
途中に坂道もあるので、そんなにサクッと歩ける道のりではないはずなのですが、道中の街並みがあまりにも美しいので、あっという間に歩けてしまいます。

観光の中心地ではないホステル周辺のエリアも、この趣。
石畳の道に路面電車、おしゃれな建物…全てが良い味を出しています。

旧市街広場を突っ切ります。
朝は、昼から夜の時間帯に比べると随分と人が少なめです。
人混みを避けたい人は、朝一番で街歩きをするのが良いのかも。
チケット購入
坂を上り、プラハ城壁内到着!
早速チケットを購入します。
チケット売り場はいくつかあるようですが、私は聖ヴィート教会の入り口の前にあるインフォメーションセンターで購入しました。

チケット売り場には、親切にも日本語の案内がありました。
私が見たいのは聖ヴィート教会だけなのですが、単独チケットはありません。
聖ヴィート教会を見たい場合は、『基本ルート(旧王宮、聖イジー教会、黄金の小道、聖ヴィート教会の4か所)』のチケットの購入が必要です。
お値段は250コルナ(約1600円)。
ヨーロッパの観光地で、4か所も回れてこのお料金はかなり良心的だと言えます。
注※)私が行った1か月半後の2024年3月1日より、基本ルートのチケットが450コルナに値上がりしてしまいました。
私はギリギリ旧価格で見学できたのでラッキー!!
これから行かれる皆さん・・・心中お察しいたします。
しかし、一気に倍近い値上げとは・・・。プラハ、可愛いだけじゃなくてお高く留まった一面も見せてきましたねぇ。。。
これから行かれる方は、一応公式サイトで最新情報を確認することをお勧めいたします。
聖ヴィート大聖堂
プラハ城壁内で一際存在感を放つ大聖堂。
この地に最初の教会が建てられたのは925年で、現在の大聖堂の建物は1344年から建設が開始されたそうです。
その完成は、なんと約600年後の1929年。
サグラダファミリアもびっくり仰天です。
あまりに時間が掛かりすぎて、担当の建築家や主流の建築様式も次々と移り変わり、一時は色んな建築様式がごちゃまぜで訳の分からない状態になっていたようです。
やはり物事、時間を掛ければ掛けるほど良くなるとは限らないものですね。
それが、1800年代に『いい加減、完成させよう』という声が高まり、時のリーダー的建築家の指揮の下でようやく建物の統一性が保たれ、600年の時を経て完成の運びになったようです。
そんな長い歴史の詰まった聖ヴィート教会がこちら!

写真じゃよく伝わりませんが、ものすごい大きさ!
見上げると首が痛くなるレベルです。
15分程度列に並び、いざ入場。

おぉーーーーーー!!!!
これは素晴らしい!
写真では全貌を一度に移すことが出来ませんが、左右正面にある大きなステンドグラスがものすごく鮮やかだし、柱や彫刻もとても繊細で作り込まれている感じがします。
さすが600年もかけて作られただけのことはあります。

こちらは、大聖堂内にある聖ヴァーツラフ礼拝堂という小部屋。
この部屋は大聖堂内でもかなり初期に完成したそうで、この地のキリスト教にまつわる遺物のあれこれが保管されているそうです。

大聖堂内には、聖なる誰だかの棺や、たくさんの祭壇がありました。
ステンドグラスは一つひとつ作者が異なるようで、それらを見て回るだけでもかなり見ごたえがあります。

こちらは、チェコの有名画家であるミュシャが手掛けたステンドグラス。
残念ながら、私が行った時にはこのステンドガラス周辺の通路が改修中で遠くからしか見られなかったのですが、それでもその繊細さはとても印象的でした。

聖ヴィート大聖堂、大変すばらしいものを見せていただきました。
このあと世界各地で有名大聖堂に足を運びましたが、この聖ヴィート大聖堂の美しさは私の中で間違いなく5本の指に入ります。
聖イジー教会
ぶっちゃけ、本命の聖ヴィート大聖堂を見学できたので他は見ても見なくてもどっちでも良いのですが、せっかく共通チケットに含まれているので他のスポットにも行ってみたいと思います。
まずは、聖ヴィート大聖堂の背後にひっそりと佇む聖イジー教会。

こちらの教会も920年に作られたという大変歴史あるものです。

内部はこんな感じ。何だかとても素朴。
聖ヴィート大聖堂を見た後だとなんだか物足りない気持ちにさせられますが、こちらにも様々な歴史が詰まっているのでしょう。
ここはサクッと見て次へ。
旧王宮
聖ヴィート大聖堂のお隣にある旧王宮。
王宮というからにはさぞかし豪勢かと思いきや、意外と落ち着いた雰囲気の建物です。

こちらは、16世紀に作られたヴラディスラフホールという大広間。
現在でも度々国の公式行事に使われていて、近年では大統領選挙もここで行われたそうです。

かつてこの王宮の主だったボヘミア家の紋章。
ライオンがモチーフらしいですが、ライオンというより珍獣。
描いた人ライオン見たこと無かったのでしょうか?
キラキラの瞳がなんともかわいらしい。

ホールの奥にある議会の間。
かつてはここが国会であり裁判所でもあったとのこと。

壁には、王室の方々の巨大な肖像画の数々。
さほど華やかさは無いけど、歴史を感じる王宮でした。
黄金の小道
続いては、『黄金の小道』と呼ばれるエリア。
かつてここに錬金術師が住んでいたことからその名がついたと言われているそうです。
この道に入るのにも共通チケットの提示が必要です。

ここにはかつて、王宮で働く使用人や職人などが住んでいたとのことで、小さなかわいらしい家が並んでいます。
建物の中は、お土産屋や博物館になっています。

こちらは、中世の鎧の展示コーナー。

手足の指先に至るまで防護できるガッチガチの鎧の数々。
こんなの着たら、身を守れたとしても身動き出来なくて戦えないと思うのですが。

こちらは、使用人の住居を再現した展示。
間取り1.5畳くらいの狭小住宅です。
ベッドの縦幅も160センチくらいしかない気がするのですが、昔の人は今より小柄だったのかな?

可愛らしいお部屋の展示のあとに唐突に現れる骸骨。
こちらは中世の拷問に関する展示のようです。

ルーマニアでも似たような拷問器具を見た気がします。
中世ヨーロッパは、恐怖で人を支配するやり方が主流だったのでしょうか。
プラハ城の衛兵交代
プラハ城では、毎日正午に大規模な衛兵交代式が行われるとのことで、そちらも見に行ってみることにしました。
場所は、プラハ城壁内のどこかの門の前とのことで、“まぁ歩いてれば分かるだろう”くらいに思っていたのですが、さすが世界最大の城・・・いざ歩き回ってもさっぱり場所が分からず危うく迷子になりかけました。
衛兵交代が見られるのは、↑の地図の門周辺です。
30分前くらいに行ったところ、既にうっすら人だかりができていました。
観光ハイシーズンならもっと混雑すると思われるので、しっかり見たければ早めに場所を確保した方が良さそうです。

正午ぴったりに、交代式は始まりました。
建物の2階の窓に並んだ器楽隊がファンファーレを吹き鳴らします。

衛兵参上。
歯がゆくなりくらいゆっくりとした足取りで、一歩一歩足並みをそろえながら行進します。

何やら交代の儀を執り行い、15分程で交代式は終了。

最後に退場する器楽隊の皆さん。
家でスウェットでも着てれば全員ただのおじさんなのでしょうが、制服+楽器の効果で全員とてつもなくイケメンに見えます。
衛兵交代、無料で見られる割に中々見ごたえのあるセレモニーでした。
続・プラハ街歩き
衛兵交代が行われる中庭の近くには、世界一眺めが良いと言われるスタバがあります。

屋上席がメインなので、真冬はコーヒーも凍り付く寒さですが、確かにここからの景色は絶景です。
暖かい時期に再訪できたなら、ぜひここでゆったりフラペチーノをいただいてみたいです。

このスタバ横から市街地に降りていく道がまた絶景。
どこをどう切り取っても絵になるプラハの街、本当に街歩きに飽きることがありません。

道を下っていくと、向かい合って立ションする像が目に入りました。
有名な芸術家の作らしいですが、これが芸術ならば小学生男子は皆偉大な芸術家だと言えるでしょう。
ここは、フランツ・カフカ博物館というチェコの有名な作家の博物館だそうです。
中には入らなかったので、詳細は分からず。
このフランツ・カフカ博物館近くの河川敷に、異様に人だかりができている一角がありました。

近付いてみると、なんと、カピバラ・・・?
鳩、鴨、白鳥、カモメなどの大量の鳥に紛れる小柄のカピバラのような生き物・・・。
なかなかカオスです。

すっかり餌付けされています。
この後、この写真の女の子はエサで釣っておびき寄せたカピバラの捕獲を試み、「この動物連れて帰りたい」と大騒ぎしていました。
・・・・・・・
さて、カレル橋付近を歩いていたところ、人だかりの出来ている一角を発見。

皆、この壁の前で写真を撮っています。
『なんだ、ただの落書きだらけの壁じゃん』という感じなのですが、この壁は“ジョン・レノンの壁”と呼ばれる有名な壁なんだそうです。
ジョン・レノンが1980年に殺害された際に謎のアーティストがレノンの姿を壁に描いたのをきっかけに、この壁には愛と自由へのメッセージが書かれるようになりました。
共産主義時代には、政府への不満も多く書き込まれたのだとか。
チェコは、三十数年前までチェコスロバキア社会主義共和国という共産主義体制の国でした。
それが、革命を経て国の分裂があり、現在に至るわけです。
美しい歴史的な街並みや、観光客の押し寄せる活気のある現在の街からはあまり想像がつきませんが、近年まで激動の歴史を辿ってきた国なのですね。

再び広場を横切って宿へと帰ります。
プラハは日が暮れても人通りが多く、治安に不安を感じるようなことはありませんでした。
夜の建物のライトアップも大変美しい!
プラハではこの他に、憧れだった国民劇場で演劇鑑賞もしたのですが、その話はまた次回。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
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